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大竹しのぶと明石家さんまの離婚の原因とは?2人の出会いや結婚から大調査!

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今や日本を代表する女優ともいわれる大竹しのぶさんと、お笑いBIG3と称される明石家さんまさん。

二人は1988年に結婚しましたが、その4年後、結婚記念日を目前に離婚をしました。

離婚会見では、その理由が語られました。

家庭を大切にしてほしかった明石家さんまさん。

一方、女優として仕事を優先したかった大竹しのぶさん。

2人の考え方のズレが、離婚の原因とされてます。

しかし、本当にそれだけが理由だったのでしょうか?

今回は、二人の出会いや結婚、そしてなぜ離婚したのかを徹底調査していきます!

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大竹しのぶと明石家さんまの出会い

二人の出会うきっかけとなったのが、『男女7人夏物語』です。

これは、後の

トレンディードラマの元祖

ともいわれる作品となります。

明石家さんまさんが主演のドラマというと、この『男女7人夏物語』が、まず頭に浮かびますよね。

でも実は、明石家さんまさんは昔からドラマには出演していて、主演を何度も務めているんですよ。

 

1978年にドラマ初出演を果たしたあとは、1980年から毎年何かしらのドラマに出るほど人気がありました。

そして1981年に始まった『俺たちひょうきん族』で、その人気はさらに上昇することとなります。

NHKが1975年~2003年の間に実施していた『好きなタレント調査』で1985年に1位となるほど、好感度が高いタレントだったのです。

 

『男女7人夏物語』は、その1年後の1986年7月にスタート。

そこで、大竹しのぶさんと明石家さんまさんが出会うこととなります。

 

しかし大竹しのぶさんは、この時すでにTBSのディレクターの服部晴治さんと結婚し、子供もいたのです。

 

ですから、この段階で、まさか大竹しのぶさんと明石家さんまさんの二人が結婚するとは、本人たちも、周囲も思ってもみなかったでしょう。

それが、この後に、事態が急変する出来事が起こります。

 

大竹しのぶと明石家さんまが結婚

1987年にドラマ『男女7人秋物語』で、再共演を果たした大竹しのぶさんと明石家さんまさん。

実は、このドラマの撮影が始まる3か月前、大竹しのぶさんの夫の服部晴治さんが、ガンで亡くなっています。

服部晴治さんと明石家さんまさんは、付き合いがあり、

一緒に遊ぶ仲

でもありました。

そして、服部晴治さんは亡くなる前に明石家さんまさんへ

『しのぶをたのむ』

という趣旨の手紙を渡しています。

手紙をもらったためなのか、どうかは分かりませんが、明石家さんまさんは落ち込んでいる大竹しのぶさんを慰め、励ましました。

大竹しのぶさんが、つらくて夜眠れないとき、電話をすれば、必ず明石家さんまさんは話し相手になってくれました。

落ち込んでいるときに優しくされて、さらにドラマの役どころもあり、二人が恋仲になるのは必然ですよね。

 

でも当時の明石家さんまさんはモテまくっていました。

大竹しのぶさんと、ゆっくりデートをすることもできません。

そこで大竹しのぶさんと明石家さんまさんは

「恋愛するには結婚するしかない」

と決意してしまうのです。

 

さらに結婚を決定づける出来事が、それは大竹しのぶさんの妊娠です。

その出来事があったため、明石家さんまさんは大竹しのぶさんにプロポーズしました。

その後、1988年に公開された映画『いこかもどろか』で共演し、公開直後に電撃結婚したのです。

このとき妊娠したおなかの子は、残念ながら流産してしまいましたが、その後、長女のIMARUさんを授かっています。

大竹しのぶと明石家さんまが離婚その原因は?

幸せそうに見えた二人ですが、その結婚生活は4年目の結婚記念日を迎えることなく、終わってしまいます。

2人の離婚会見は、同じ場所で時間をずらして行われました。

明石家さんまの離婚会見

明石家さんまさんは、おでこにバツ印を付けて登場し

バツイチですわ。

あとでカミさんはバツをふたつ付けて出てくると思います。

と、さすが転んでもただでは起きません。

すべてボクに原因がある。

相手の仕事の量とかでお互いの気持ちにズレができてしもて。

と、離婚の原因をこう語る明石家さんまさんでした。

大竹しのぶの離婚会見

明石家さんまさんの後、大竹しのぶさんの会見が行われました。

大竹しのぶさんは

1日が30時間もあれば、3度のゴハンも作れる。

女優と主婦の調整がつかなくなってしまったんです。

と、家庭ではなく、女優を優先したかったことをはっきりと語っています。

大竹しのぶと明石家さんまの二人のズレとは?

現在は、タレントさんが結婚し子どもが生まれると、芸能界の第一線を退いて、その後はママタレとして復帰することが多くなっています。

しかし大竹しのぶさんは、IMARUさんが生まれた後も、女優業を優先したかったのです。

大竹しのぶさんは、17歳で女優デビューし、途切れることなく仕事を続けています。

生前、蜷川幸雄さんから、その演技力を『怪物』と呼ばれていました。

そして、大竹しのぶさん本人はそう呼ばれることが

「少なからず、うれしい」

と言っていっています。

また、前の夫は、結婚後も女優としてみてくれました。

夫の職業がディレクターということもあって、家でも二人で大竹しのぶさんの演技をチェックしていたのです。

「家事は手が荒れるかしなくていいよ」

と気を遣ってくれたようで、そういった環境も心地よかったのです。

 

一方の明石家さんまさんは、

「家庭を大切にしてほしい」

と大竹しのぶさんにいいました。

家事や子どもの為に手が荒れても、それが美しいとのことです。

この考え方に、大竹しのぶさんはついていくことができなかったのです。

離婚会見で語られなかったこと

実は、二人の考え方にズレが生じる前に、"ある出来事"が、ありました。

それは、大竹しのぶさんと会計士が税務処理をしていたときです。

明石家さんまさんの口座から、

『大金が引き落とされていたこと』

が分かりました。

この大金の使い道を問い詰めたところ、明石家さんまさんから、驚きの答えが返ってきます。

このお金は、

『過去に付き合っていた女性との旅行代』

に使われたというのです。

 

この女性は、明石家さんまさんにこう言いました

さんまさんの結婚会見を見たくない。

会見するときは日本にいたくないから旅行に行かせて

と。

とんでもない発言ですが、明石家さんまさんはその希望に応えてあげたのです。

これを聞いた大竹しのぶさんは、当然激怒!

この出来事から、二人の関係がギクシャクし始めたとのことです。

大竹しのぶと明石家さんまの離婚を決定づけたもの

そうはいっても子供も2人います。

このまま簡単に離婚するわけにはいかないと、二人は何とか離婚を回避しようと、映画を観にいくことにします。

しかし二人が見た映画は

『ローズ家の戦争』

その内容は、

『愛し合っていた夫婦が離婚』

する話なのです!

あらすじを知っていて観に行ったのか、それを知らずに観たのかは分かりません。

しかし、このタイミングでこの映画を見るってすごい人たちです。

最終的には、映画が決定打となり離婚することになりました。

 

大竹しのぶと明石家さんまのその後

一旦離婚してしまえば、その後は良好な関係を維持するのは、中々難しいです。

しかし、この二人は度々テレビで共演している姿を見ますし、見ている限りでは仲が悪いようにはみえません。

ただ、忘れてはいけないのが、明石家さんまさんはお笑いBIG3と称される芸人で、大竹しのぶさんは日本を代表する大女優です。

明石家さんまさんは、自ら大竹しのぶさんとの離婚について

「笑いが起こるなら仲良くなれる」

と言い切っています。

一方、大竹しのぶさんは大女優です。

「泣け」と言われれば、すぐ泣けることで有名な憑依型女優です。

大竹しのぶさんは演技中に、8%自分がいると言ってましたので、残りの92%は完全に自分以外の役になり切ることが出来るのでしょう。

しかも瞬時で役に入ることが出来ます。

はたして、この二人の結婚は、どこまで本当でどこからが演技だったのか。

いずれ本人たちの口から真実が語られる時が来るのでしょうか。

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まとめ

いかがでしたか?

今回は、大竹しのぶさんと明石家さんまさんの離婚について調べました。

明石家さんまさんは、自らを『結婚不適合者』と呼び、大竹しのぶさんは

「女優を受け入れてくれない人とは結婚は無理」

と語っています。

しかし実は、

「二人が再婚するのでは?」

という話も出てはいたんです。

何と言っても、考え方が似ていますから。

明石家さんまさんは

「起きてしまったことはしゃーない」

と言って前に進むタイプ。

大竹しのぶさんの座右の銘は、『まあ、いいか』です。

これはあきらめる意味ではなく

「全てを受け入れて前に進む意味」

と本人が語っていました。

なんとなく似てますよね。

この二人は、まだまだ目が離せないのではないでしょうか。

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